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速攻もいいけど鈍行もね!


皆様、楽しいMTGライフを送っていますでしょうか?どうもTALです。
 



今回も、流れとしては前回からの続きになりますが、ちょっと違った内容です。
あと、内容が古すぎて画像が用意できていません。しかも2回に区切ると気持ち悪いので超長文です・・・色々思い出しちゃってすっきりとはまとめられんかった。


ではどうぞ。


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生粋のデッキビルダーに出会うこととなった自分は、その後周りを圧巻とさせる成績を残し世界で戦う強豪プレイヤーとなりました。






・・・という流れには残念ながらならず(笑)、似たような歳の奴らがこぞって集まってMTGやゲーセンなどで遊んでいました。ちょうど同時期にBeatmaniaやDDRのブームがあり、MTGそっちのけで遊んでいた覚えはあります。あの”レジェンド”塚本俊樹氏もDDRにハマってましたねw そんな時代でした。


賞金の出るゲーム、という部分に触発されて始めたMTGなわけですが、当時やっていたバイトの兼ね合いから土日を空けておくのが難しくなり、PTQにはほとんど参加できていませんでした。稼がなきゃ遊べませんし、親のスネかじってなんとかする歳でもありませんでしたしね。そこは仕方ない部分。


大きな大会(Finalsや日本選手権など)の予選には参加していましたし、Finals1998(通称・MoMaの冬)や日本選手権2000とかは予選突破して本戦に出場したりしてるのですが、本戦ではそこまで優秀な成績は残せませんでした。
ちなみに、Finals1998で使っていたのが多分ポンザレッド(はっきり覚えていない)、日本選手権2000で使っていたのがカウンタートレンチでした。少なくとも当時の主流デッキではなかった(はず)。


今だと「大会でいい成績を目指す」目的でチームを組んだり、そうでなくてもデッキ調整を考えるグループ(知り合い)がいたりするとは思うのですが、当時の自分は『偉大なデッキビルダー様』からその場でデッキを借りて、そのまま試合に出るようなことが多かった気がします。それでもこんだけ結果が出てたので、本当に、ただ単にデッキが強かったんでしょうね・・・




さて、周りにいた人たちがそれなりに優秀な成績を残していたのもあり、「MTGうまくなりたいなあ」という欲は常にありました。


構築に関しては、周りに明らかに自分よりも発想力豊かなプレイヤーがいたため、そこを超えるには無理(だろう)。



・・・構築がダメでもリミテッドがあるじゃない!

ということである時期からリミテッド、特にドラフトへ傾倒していくことになります。





自分のことはここまでにしておいて。この当時のMTG事情(特にショップがらみ)&音ゲー事情を少し書いていこうかと。あらかじめ断っておきますが、


・記憶自体は多少曖昧で少し間違っている・盛っている表現があるかもしれません。
・自分の当時の行動範囲での話になります。八王子組や関西勢など、ある程度顔を知っていた人はいたのですが、どういう環境でMTGしてたのか、までは知りませんので書きません。
・1998年~2001年の間の頃の話になりますが、時間軸通りに話を進めてはいきませんし、きっとぐちゃぐちゃです。
・他人の話を織り込めば、さらに間違いなく面白くはなるのですが身内ネタを抜け切れない可能性があったり、そもそも本人の許可なしで書いていいものかわからないので今回はパスです。 
・なぜ音ゲーが?という人もいるかもしれませんが、当時の自分には音ゲーとMTGは共に大事なものだったので一緒に紹介させてもらいます。ちなみに数年間いじってなかったせいで、弐寺がサファリ難民クラス・ポップンがLv47クリアできなくなってた勢くらいの腕前です。


上記を理解していただいた上でお読みください。



①渋谷

・DCIトーナメントセンター
最近であれば、各ショップには必ずといっていいほどデュエルスペースが用意されていますが、当時はそういったスペースを用意している店舗はほどんとなかった、と思います。少なくとも山手線沿線で、デュエルスペースがメインになっている店舗は数えるほどでした。
その中でもDCIトーナメントセンターは非常に特殊な場所で、

・入場料が必ずかかる(平日500円・土日休日1000円・月間パス5000円)
・シングルカードなどの販売はなく、商品は全て定価(HJ社直営の場所ですのでそれは仕方ないか)
・場内のフロアルールが非常にゆるい感じだった
(例:金が絡まないトレードならOK、パック類の持ち込みもOK、MTGしなくてもOK、極端な話寝ていても怒られなかった)

その他にも、一定金額を支払えば貸切もできていたみたいなので、現状あるカードショップとは違い、カードゲームに適したイベントブースのようなものでした。

箱の大きさとしては150席程度だったはずで、PTQなどのイベントは当初このDCIトーナメントセンターで行われていましたが、MTGプレイヤー人口が増えたこともあってか、参加人数が増え、別会場で行われることが多くなっていました。自分が挑んだ1998年のPTQやFinals予選はDCIトーナメントセンターで行われましたが、それ以降の大きなイベントはさらに大きな箱(池袋・文化会館とか)で開催されていました。



・ ザ・フォーラム

DCIから渋谷駅を背に5分くらいかな?歩いたところにあったカードショップです。自分はDCIという拠点があったのでほとんど行きませんでしたが、若い学生が中心に利用していたイメージがあります。

このお店、オリジナルのスリーブがあって(通称・フォーラムスリーブ)当時発売されていたスリーブの中では非常に固く、またサイドが非常に頑丈に接着されていて、丈が通常のものより長かったため一部プレイヤーに熱狂的な愛好家がいた・・・気がします。



・ポストホビー渋谷店

渋谷PARCOのなかにあったお店。今はPARCO改装中で移転したはず。

MTGを専門に扱っていた店舗というわけではなく、むしろちょっとした1コーナーでしかなかったのですが、穴場過ぎたのか古いパックとかの取り扱いもあって、眺めていて楽しかったです(買ったとはいっていない)



・ゲームインみとや

ここはMTGとは全く関係ありません。センター街にあったゲーセンです。

自分にとっての音ゲー拠点その1。だいぶ前に潰れちゃいましたけどね。

ちなみにこの当時、渋谷で駅から近い大きなゲーセンがタイトーとセガ系列しかなく、一応タイトーにはコナミの音ゲーが置いてあったのですが、台数が少ない・待ちの人数が多いという難点があったので、穴場&コアユーザーが集まっていたみとやに通う様になったという経緯があります。


・オフビート

塚本俊樹氏が経営していたカードショップ。DCIのあったビルから高架下を通って少しいったところにあった雑居ビルにありました。

当時、MTGのパックを買うにはホビージャパン社が販売していたものを購入するのが正規な方法でしたが、定価が余りにも高かったため(1パック税抜500円とか)、定価の安いアメリカから直輸入を試みる人もいました。

まとまった数を購入しないと運搬費が高くつくだけですので、相当数を購入するわけですが個人の力ではどうにかなる金額ではなかったこともあり出資人を集って購入する形をとっていました。今で言うクラウドファンディングみたいなもんですかね。ちょっと違うか。

さて、この共同購入を一人でやってしまい、その後そのパック(ボックス)を国内で販売することで利益を得る猛者もいるわけで、この「オフビート」はこのボックス販売に加え、塚本氏のトレーダーとしての拠点にもなっていた店舗です。

店舗、とはいってもほとんど事務所のような作りでレジ&倉庫&机3つくらいの「え、本当にここカードショップ?」みたいな作りでした。

顔を知ってもらえていたのもありちょくちょく遊びにいきました。自分の記憶では、オフビートではカタンを必死に遊んでいました。MTGをやった思い出があまりありませんw




②池袋


・アメニティードリーム パワー9店

当時、個人的には一番お世話になった店舗のひとつ。今は秋葉原のアメニティードリームにお世話になっております。

初めてMTGのカードを売ったのもここでした。そして↓に一番近かったカードショップだったのですよね。



・サントロペ池袋

音ゲー拠点その2。1階がPIA(パチンコ屋)で2・3階がゲーセン。

昔の音ゲーはここでロケテストを行うことが多く、数多くのプレイヤーが集まる場所でした。ポップンだけはフロア面積の8割がポップン&1クレ50円と超偏った編成のゲーセンがこの近くにあったので別でしたが、他の音ゲーはここで遊ぶことが多かったです。



・サンシャインシティ 文化会館

DCIトーナメントセンターに入り切らない人数で行われる大規模イベント(でもグランプリまではいかないもの)は文化会館で行われる頻度が高かったです。プレリリースとか日本選手権の会場はここでやることが多かったです。

昔のプレリリースは「プレリリースパーティ」といって、各店舗で行われる規模のものではなく地域ごと(大都市圏)に大きな会場を借りてどかーんと一発やるお祭りでした。事前にハガキで申し込み&抽選(先着順だったかも)、参加者に記念Tシャツ&プレリカード(プレリパーティでは使用できなかった)をプレゼント、という感じだったかと思います。ある程度の時期から、多少Ratingを持っている状態になっていたのもあり、DCIのスタッフさんから「こんだけMTGやってるんだしジャッジ資格取ってプレリ手伝ってよ」という声を頂戴しプレリパーティはスタッフ側として参加していることがほとんどでした。


・ジュンク堂書店
 
池袋への土地勘が無い方にはちょっと伝わりづらいのですが、上で紹介してきた場所は全てサンシャイン側のほうにあって、他のカードゲームやホビーショップも(ちょっと散ってはいますが)サンシャイン側に集中しています。これは今も変わらず、です。
このジュンク堂書店は、そのサンシャイン方面からは離れた場所にあり、よほど用事が無ければ向かう方向ではないところにあります。(西武線利用者だとちょっと違うだろうけど)
で、なんで書店が出てきたの?って話ですが、なぜか昔地下1階にMTGのパック販売のコーナーがあったんですよね。しかも絶版系のパックが結構な安値で売られていました。
学生&バイトのご身分なので大して買えませんでしたが、ここのおかげで
「リバイズドのパックを剥く」という貴重な人生経験をさせてもらいましたw デュアラン?出るわけないじゃんwww

 


③新宿


・トライソフト

個人的にはMTGを知るきっかけとなった始まりの地であり、パックを激安で仕入れることができた良店でした。海外のホビーが詰め込まれていたお店で、ボックスを白いストレージに詰め込んで販売していたのが特徴的でした。きっと海外から輸入していたパックを販売していてボックスのまま売ると色々問題があるから箱を詰め替えて売っていたみたいでしたが・・・ タダでストレージも手に入ったし文句はありません。



・チルコポルコ新宿店

音ゲー拠点その3。拠点、というか総本山。だってコナミ直営店だからねw

キーマニ&ギタドラ全部が繋がってセッションできた、数少ない店舗でした。このセッションのためだけに、DCI閉店後に渋谷からわざわざ新宿に移動してゲーセンに向かう、という荒行をやった思い出もありますw

「こなみるく」というコナミ系グッズを専門に扱うショップも併設されていましたが、一度も利用したことはありません。あれはなんだったのだろう・・・



④その他


・イエローサブマリン

上記の3地域全てにあったカードショップ。当時から移転して場所が変わっていたり、閉店していたりしますが、未だにしっかりとあるショップですし、利用したことがある人も多いかな。

当時のイエサブはカードショップは単なる1コーナーで、どちらかといえばアナログゲームを詰め込んだようなお店でした。ダイスとかちょっとした備品が色々と並んでいて、見ているだけでも楽しめました。現状もカードショップ色が多少強くなったものの、様々なホビーが置いてありますね(店舗によりますが)
キレイなダイスを集めるのが好きなので、最近でもちょくちょく見に行って気に入ったダイスを買ったりします。 



・FutureBee水道橋店

当時、DCIトーナメントセンターを除いたところでは最大のデュエルスペースを抱えていたカードショップ(だったと思う)。運営母体はあのハドソン。
未来蜂歌留多商会、だったっけかな。そんな名前で有名イラストレーターやニッチな需要がありそうなトレカ(ゲームではない)を作っていたりもしました。MTGに於いて日本人初のスポンサードプレイヤーを生み出したのもこのFutureBeeだったりします(故・石田格氏)。

DCIで遊んでいる人と全く別の層の方が拠点にしていたのもあり(ここのデュエルスペースは使用料無料だった)、当時DCIで流行っていたデッキとは全く異なるようなデッキが生み出されていたりしていたらしいです。といっても、DCIのほうが(良い意味で)地雷デッキを組み上げてくる人が多かったので、メタとしてはDCIのほうが混沌とはしていたと思いますw

その後、ハドソン自体も無くなって、今は「カードキングダム」という店舗の一部に名前だけ残っているようです。



・インターネット

自分がMTGを知った1998年あたりから、急速に「インターネット」なるものが普及し始めてきました。社会的な部分でも大きな変化を生み出したわけですが、まだ、そんなに気楽に使える環境でもなかった、というのは以前少しお話したかと思います。

そんな中、「マジックのお医者さん」「Magic;Dojo」といったMTGに関連する有名サイトがいくつか出てきました。そういったサイトから発信される情報が広く渡ることによってメタゲームが形成されるようになったのもこの頃なんだと思います。今のMTGのトーナメントシーンに於ける流れ(メタの移り変わり)は、発信源が変わっただけで既にこの頃からあったのかもしれません。ちなみにネットカフェが普及し始めたのが1999年あたりからだそうです(by Wikipedia)。



こういった情報戦でどうしても一歩遅れた状態になってしまっていた日本勢はプロツアーで結果が残せなかった時期が続きました。これを見て、情報戦に打ち勝っていけるよう、日本勢の活躍を願い、始まったサイトがあります。
 

その名は「Magic Square」。


このサイトの管理人・森慶太氏は今はご存知、国内グランプリのニコ生のボスです。この「Magic Square」を立ち上げている頃から親交があったので、MTGに復帰した時にニコ生に出てて笑った(失礼)

今の個人的なMTGの目標がグランプリのニコ生に一緒に出て当時のノリで茶番したい、ということだったりしますw


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とりあえず、今回は以上です。昔を懐かしむシリーズは今回で一休止とします。
時間軸的な続きは、PPTQ突破するかGPでいい線いけたらアップしようと思います(色々と理由がありまして・・・)


鈍行TALブログはまだ続きます。お楽しみに。
 


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