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 こんにちは、ユキです。
 今回の連載は騒乱の予感がすでにしているのですが、「楽しみの本質」「他人がいてのマジック」を考える上で大切な事ではないかと考え、提言として、自分が意見を持つきっかけとして考えて欲しいなと思います。

 この連載ではマジックに関わる事をひとつ取り上げ、その肯定的意見と否定的意見を挙げます。
そして読者の皆さんが、「これってアリなのだろうか、ナシなのだろうか」と意見を持ったり、そんなプレイヤーもいるのだなと思ったり、自分なりに考えてもらえたらと思います。
つまり、問題提示だけをする意見文以下の文です。

 まず前提としていくつか確認しておきます。
①「楽しみは個々人のもので、(良識の範囲内の楽しみであれば)それを侵害したり悪く言って良い道理はない」
 これはいつも私が書いているものです。
 しかしマジックは他人との関わりがあり、楽しみの多くは個人で完結しえないものが多いものです。
 ですので次があります。
②「発露の配慮と反応の配慮」
 楽しみは個人で完結しえないのですから、それを楽しみではなくむしろ不快と思う方もいます。それらを前面に出すという事は、「私はコレが良いと思っています、楽しいと思っています」という意思表示であると同時に、不快だと思っている方を逆撫でしている事でもあります。
 そして受け取り手も、不快である事を前面に出されては他人の楽しみを否定している事になってしまいます。
出す時も、反応する時も、互いに配慮を持ちたいですね。
③「感情的にならない」
これが一番の難題で、いわゆる「民度」に関わってくる問題です。
全てに菩薩級に寛容で肯定的というのは難しく、否定的なものもあるのが人間で、マジック内においても当然です。
ですがそこに感情的な意見を持ち込んでしまったらつまらない水掛け論の応酬になってしまいます。
特にマジックやアナログゲームの多くは「オタク的趣味」の様にとらえられがちです。そんな外見に見られる私達が、感情論を吹っ掛けあっては印象が悪くなるだけです。

それでは第一回目の内容に入っていきましょう。
今回は「拡張アートやシャドウアート」についてです。
このブログでもたびたび上がる拡張アート。出た当時、拡張アートやシャドウアートは「こんな使い方(楽しみ)もあるのか」と思いました。
実際意見が分かれる瞬間があります。ネットを中心とした意見を見てみましょう。


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マジックは製品であり、手元に来たものはあなたのもので、それをどうしようとあなた次第です。丁寧に保存しようと、遊んでボロボロにしようと、イラストを描こうと、本のしおりにしようと、ゴミとして捨ててしまおうと、加工してしまおうと、極論を言えば自由です。
ですがそれを他人に見せたり発信したりするとなると、勝手が違ってきます。
特に拡張アートやシャドウアートは市民権を得るのにもう少し時間が必要かもしれないので意見が多く出る事も多いのかも知れません。

という事で第一回はおしまいです。

 皆さんは拡張アートやシャドウアートについてはいかがお考えですか?



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